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いちいち本レビュー

たんたんと本の感想を書いていくブログ。書評よりもっと軽いメモみたいなもの。

【異性を愛することも罪】「狭き門」/アンドレ・ジッド

狭き門 (光文社古典新訳文庫)

狭き門 (光文社古典新訳文庫)

 

★★★☆☆

 

帯に惹かれて手に取りました。

愛し合う二人はなぜ悲劇的な結末を迎えなければならなかったのか?

なぜかくも人間の存在は不可解なのか?

世界文学使用屈指の美しく悲痛なラヴ・ストーリー!

 

美しく聡明なアリサにごく自然に惹かれていく、主人公のジェローム

少女漫画で二人は思い合っているはずなのに、すれ違いばかりで長く長く引っ張られるあの感じにも少し似ている。

けれど、アリサがジェロームを受け入れようとして、寸前でひらりと逃げてしまう理由は何だろうか?その答えが知りたくて、急ぎ足でページをめくりました。

 

 

決定的なことはこれだ!という風には書かれていない。

あとがきや解説でも理由が分かるのだけど、どうも釈然としない。

受け入れるしかない、という感じ。

それがミステリーやエンタメ小説と違って、純文学の面白さではあるのだけれど。

 

「僕はアリサに旅をしたくないかと聞いたことがある。

彼女はぜんぜんしたくないと答えた。

どこかにそういう美しい国々があって、ほかの人たちが行けると分かっていれば、それでいいというんだ……」

 

アリサのようには思えない。

どこかに美しい国があると知れば、行きたくなる、見てみたくなる、美しさを肌で感じてみたくなる。

それなのに、アリサは存在している事実、そこを訪れることの出来る人がいるという事実だけで満足してしまう。

こんな風にはとても思えない。

思うことが出来れば、私の人生の重荷もだいぶ軽くなりそうな気がする。

 

 

僕はアリサをジョジョに高い場所に祭りあげ、自分の好みの付属品で飾りたて、彼女を偶像に仕立て上げたのだが、その作業の結果残ったものは、疲労だけではなかったか?

アリサはひとりになるなり、自分本来の平凡な水準に戻ったのだ。

 

よくしてしまう思考です。

勝手に高尚な人だと自分が勝手に決めて、自分の好みの想像でがんじがらめにして、ちょっとしたことで失望したとか、がっかりしたとか、勝手に偶像に仕立てあげられた人からしたらたまったものじゃないよね。

 

物語の終盤はほぼアリサの手紙と日記になります。

 

ピアノの練習が好きなのは、毎日少しずつ進歩できる気がするからだ。

それはたぶん外国語で書かれた本を読むときの喜びの秘密も解きあかしてくれる。

(略)

意味や感情をたどるときに軽い困難を覚えながら、それに打ち勝ち、その技術がだんだん向上して、知らず知らずのうちに自分でも誇らしい思いを抱くことが、単なる知的な楽しみに魂の満足のようなものをつけ加えてくれるのだ。

 

アリサの日記は瑞々しさがあり、同時に苦悩(罪の意識…)に溢れている。
自分で自分に言い訳するような記述が、じわじわ読者である私を責め立ててくるように感情移入してしまう。
その中で、上に引用した瑞々しい知的好奇心、満たされる快感の描写がとても気持ち良かった。
私が海外の小説に最近惹かれてる理由も、少し分かった気がした。
簡単に紐解けなくて、宗教や考え方の違い、ちょっとしたニュアンスが伝わりにくいけれどそれを紐解くのがとても楽しい。

 

狭き門 (光文社古典新訳文庫)

狭き門 (光文社古典新訳文庫)