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いちいち本レビュー

たんたんと本の感想を書いていくブログ。書評よりもっと軽いメモみたいなもの。

「家族の違和感・親子の違和感―精神科医が読み解く「幸・不幸」」/春日武彦

家族の違和感・親子の違和感―精神科医が読み解く「幸・不幸」

家族の違和感・親子の違和感―精神科医が読み解く「幸・不幸」

 

 ★★★★☆

 大好きな春日武彦先生の本なので、もちろん読みます。

タイトルの”家族”や”親子”の問題に関してですが、タイトルに掲げているわりにあまり取り上げられていない。

家族・親子問題の解決のヒントが欲しいんだ!という意思を持って本書を手にしたのなら、がっかりすると思う。

「精神病理全体を春日先生の視線で取り上げたものを読みたい」私としては興味深い内容でした。

毒舌は相変わらずですが、きちんと精神科医として病理を紐解いてくれています。

 

 

春日先生の本をいくつも読んでいると、学生時代の火の不始末についての病的なこだわり(強迫症状)はよく出てきます。

これは明らかに病的で、病院に行けば薬を処方されるレベルだと思う。

春日先生はいつの間にか、火の不始末への異常な強迫症状が治まっていたから良かったようなものの、医師側ではなく患者側にいつカードをひっくり返すように変わってもおかしくないところが、春日先生の文章や視点の魅力でもあるのかもしれない。

 

 精神を病んだ人たちが「こだわり」を示しがちであるのは、当たり前がわからなくなった際に、あえて行動範囲を限定することで不安から回避しようといった意思が働くからかもしれない。

p.32

 

精神を病んだ人は極端な方向に行くと思う。

後でも述べられていたけれど、答えは一つじゃなく、これでなければならないという考えに支配されるのは危険だ。

著者のいう「別解」があってもいいのだ。

 

四方八方から悩み事が襲いかかり、にっちもさっちもいかず、どこから手をつけていいか分からず立ち往生する時はよくある。

私など常にその状態の気がする。

そこで、著者は「問題の一本化」を一つの提案としていて、あちこちから借金をしてどうにもならなくなった人に弁護士が真っ先に行うことも「問題の一本化」であるという。

難しいけれど、一つに絞りそれに向けて解決策を思考する方が、ごちゃごちゃに問題が絡み合うこともないかもしれない。

 

 

以前にも著者の本で読んだのだが、治りたいけど治りたくないという問題。

これには非常に興味がある。

症状は辛いのだけれど、それがあるおかげで他のあらゆる問題は封印されている。誰もが、当面の課題は病気を治すことであると言い、さまざまなノルマを免除してくれ、いたわってくれる。これがいわゆる疾病利得と呼ばれるもので、詐病による意図的なものとは異なる。

p.39

 

精神障害で1級・2級は障害者年金が貰えるわけだけど、あれは生活が困って年金を支給してもらわないといけない人以外貰えない制度にするべきだと思う。

両親の稼ぎがあったり、まだ若い段階で受給を受けると病気を治す気もなくなるんじゃない?

住民税の何%かを免除されるじゃなく、現金を貰えるわけだから。

 

 

筆者の臨床経験から推測してみると、もっとも居心地の悪い人生とは、空虚感に満ちた人生のように思える。心の中に空虚感を抱いたまま育った人は、まさに何をしても虚しい。

(略)

まことに生きることは辛い。夢や目標を持てば人生が充実するとは限らない。

(略)

そのようなろくでもない人生に比べれば、罪悪感を背負い、ときに自己憐憫にふけったり困惑したりしながら影のある人生を送ることは、むしろ文学的(シリアスであるにもかかわらず、どこか趣味的な含みがある)な屈託ということにはならないか。少なくともスパイス程度であるならば、罪悪感の主没する人生にはある種の奥行が生じる。

 

スパイス程度ならね…。

 

孤独であるからこそ引きこもる。同じように、孤独であるからこそ精神を病むといった形もあるように思われる。

人は孤独にあると、自分に対する客観的な視点が次第に失われていく。自分では冷静に、論理的に考えを進めているつもりでも、実は思考が暴走してしまう危険を伴う。

p.128

 孤独は人の精神を病ませる。

いつも人との関わりがあり、たまに一人になる時間が好きなのと、常に一人で人との社会との関わりがないことは違う。

「一人の時間が好き」というのは、人との社会との繋がりがきちんとある人が言える言葉である。

 

家族の違和感・親子の違和感―精神科医が読み解く「幸・不幸」

家族の違和感・親子の違和感―精神科医が読み解く「幸・不幸」