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いちいち本レビュー

たんたんと本の感想を書いていくブログ。書評よりもっと軽いメモみたいなもの。

「堕ちられない「私」―精神科医のノートから」/香山リカ

メンタル本

堕ちられない「私」 精神科医のノートから (文春新書)
by カエレバ

★★★★★

バリキャリの香山さんに言われても説得力ない部分もあるけれど、

精神科医として患者に向き合っている香山さんに言われてると思うと納得がいく。

高く目標を持って生きることはしんどい。

体も心も健康ならハングリー精神でがむしゃらに頑張ることも出来るかもしれない。

今あるところで咲きなさい的な生き方…、私にはそれは「諦めろ」と言われてるようにも聞こえる。

香山リカさん的、”堕ちる”生き方。

不安に襲われたとき、「あ、来た、来た」という感じで、それを楽しむというわけではないが不安な自分をあえて見つめる時間にしようと心がけようとしている。

人並みというものが自分や他人を評価する大きな基準であり続けると、人生はかなり窮屈なものになっていくと思う。そうはならないよう、そこは自分に意識的に負荷をかける必要があるだろう。つまり、自分という存在を評価するための場所をいくつもつくっておく。

これはよく言われることだけれど、その場所がない!と訴えたい。

それでも見つけていくしかないのが辛い。

自分を見つめる時間が長くなると、人はろくなことを考えないものだ。過去を振り返ってじくじく掘り返してみたりして、「なんであのとき、あんな選択をしたんだ」と悔いたりするのである。そうやって眠っていたトラウマや傷にわざわざ光を当てたりするのだ。

もちろん、そうした負の体験や記憶をバネにとして活用することもできる。しかし、いまの時代は、負の記憶をバネに人生を切り開いこうという人が非常に少ないのである。

よく負の体験をバネにしてのし上がった人が本を出しているが、それは一部のそれが出来た人で、その影には挫折した人が何百倍も、何千倍もいることを忘れてはいけないよね。

ハングリー精神って大切だと思う。

だから、今まで生きてこれた。

堕落した生き方をするのも才能。

生きづらい。

私たちは、幸せを感じた瞬間によく「ああ、これでいつ死んでもいい」とか「人生、これで大満足だ」などと言うが、すぐにまた次の欲望にとりつかれ、「これで文句なし」と充足したことを忘れてしまう。

なぜ人は、「これで十分」と謙虚に満足することができないのか。大きな幸福のためにそれまで手にしていた小さな幸せまで捨てようとするのか。

小さな欲望では満足出来なくなる。

「これでいつ死んでもいい」と思った瞬間に死ぬしかない。

目標の中味や目標達成の意味を問うことは二の次で、「目標のための目標」といった本末転倒なことになっているのだ。

目標のための目標、”散歩する”ための散歩なのです。

うつ病などの心の病にかかったり、ドラッグ、暴力などの問題を引き起こしたりするのは、実は、「堕ちる力」を失った人である。

私はそのことに診察室で気づいた―。

誰もが表向き「健全なクリーンさ」を演出する時代。

でも、人間ってそんなに明るく健全なものですか?精神科医の説く21世紀の「新・堕落論」。

堕ちられない「私」 精神科医のノートから (文春新書)
by カエレバ